「なんとかなる」は大人の余裕か?~ゆる脱・完璧主義者~

ミッドライフクライシス(☕人生のアフタヌーンティー)

最近、ふと思うことがある。 それは、昔の自分と比べて 物事に対する”準備”をあまりしなくなった、ということだ。

完璧主義だった過去の私

以前の私は、”緊張しぃ”と”完璧主義”のコンボで 何に対しても「事前の準備」を怠らない人間だった。

旅行の荷造りは数日前には終わっているし(この傾向は母親譲りで、母はいつも1か月前からスーツケースがパンパンになっている・笑)、仕事においても、軽い商談でさえプレゼン用の資料を入念に準備するタイプだった。

「なんとかなるさ」の現在

ところが最近、何かイベントごとがあっても「まあ、なんとかなるだろう」とか「なるようになるさ」と、 楽観的に考えて当日を迎えることが多くなった。

先日もフラのイベントがあったのだが、振り付けは未完全なのに、練習に熱が入らないまま本番当日を迎える有様だった。

これは「大人の余裕」なのか、それとも「ズボラなオッサン化?」なのだろうか??

経験が教えてくれたこと

もちろんちゃんとしないといけない時はちゃんとするのだが 基本的には流れに身を任せる傾向が強くなった。いくら準備して臨んでも、上手くいかないこともあるし、逆に時間が無くて何も出来なかった時に、上手く行ったこともある。

そもそも段取り通り行かないことなんてしょっちゅうだしね。

そういった経験から「事前の準備」をあまりしなくなったのかもしれない。

でも、やっぱり複雑な気持ち

しかし、だからと言って単純に 「もう準備しなくてOK」「何でもどんとこい!」 というマインドにすぐなれる訳ではない。

確かに気持ちの面では、 やる前からあれこれ考えて神経を使うことがなくなった分、 ずいぶん楽になったと思う。 時間にも余裕が出来るし!

しかしその一方で、「もっときっちりしていたい」という理想像との葛藤や、 「ヤバッ!もう時間ない!」という焦り、 「あぁ、ちゃんと準備しとけばよかったな」という後悔が、 ちゃんと後から付いてくる。
(ぶっちゃけ準備をしていない本来の私は、かなりズボラで抜けている。)

変わりつつある「自分らしさ」

この”これまでの自分を形成していた生真面目さ”と、 “私本来のゆるさ(不真面目さ)”とが混在していて 心の中でモヤモヤした気持ちが残る。

これもミッドライフクライシスと言えるのだろうか?
中年期を迎えて変わりつつある自分がそこにいる。

ただ、これが現状の「自分らしさ」なのかもしれない。 …スッキリとは飲み込めないけど。

いつか、もっとちゃんとした「自分らしさ」が確立したら、 どっちに触れてもモヤモヤは無くなるんだろうか。

結論!考えても仕方ない

――いや、まあ、今考えても仕方ない。 上手くいっても、いかなくても、結局それが私の人生。
いまはこのどっちつかずの「自分らしさ」を受け入れてみようと思う。

たぶんきっと「なんとかなる」ってことで!

☕今日のアフタヌーンティーのおとも

– テーマ:「なんとかなる」は大人の余裕か?
– 気づき:結局「なんとかなる」

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